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ゆたかな低炭素社会づくり ライフスタイルイノベーションの挑戦

「薪」が広げる笑顔のきずな 東近江発「緑のイノベーション」

2014年2月17日
「薪遊庭」で薪作りに励む男性。チェンソーを使い、黙々と原木を切っていく。

 滋賀県の南東部、東に鈴鹿山系、西に琵琶湖を見る東近江市。市域の約半分は森林で、愛知川に沿った湖東平野にはのどかな田園地帯が広がる。そこで薪(まき)の調達・販売を手がける会社「薪遊庭(まきゆうてい)」では、引きこもりや知的障がいを持つ3人の男性が、チェンソーや専用の機械を使って黙々と薪割りをしていた。代表の村山英志さんは「彼らは人とコミュニケーションをする仕事があまり得意ではないんです。この仕事は音もうるさく、黙ってやる作業なんで、すごく合うみたいですね」と笑顔を見せる。これは、東近江で進められている「薪」をキーにして地域がつながっていくプロジェクトの成果の一つだ。

◇獣害対策がきっかけ

 東近江市では、元々薪や炭として利用する広葉樹を中心とした林「薪炭林」として活用されてきた里山が放置され、イノシシやシカが増えて田畑を荒らす獣害が深刻化し、年数を経たナラの木が大量に枯れるナラ枯れが進んでいた。そこで、里山から薪となる原木を切り出し、地域の人たちの力で、薪にして販売し、持続可能な流れを作ることができないか、と同市緑の分権改革課(当時)の山口美知子さんらは考えた。だが、単純に薪にするだけでは、採算が合わず、行政が補助金を使っても継続はできない。ボランティアや福祉施設などの力を借りて、事業として成り立たせることを思いついた。

 折しも、田舎暮らしの流行などで、薪ストーブが注目され始めていた。薪ストーブは、燃料となる薪が、元々二酸化炭素を吸収して育ってきたもので、それが燃えて二酸化炭素を出しても、炭素量を増加させない「カーボンニュートラル」のもので、捨てられていた間伐材などを活用できるということもあって、自然に優しい暖房器具だ。しかも遠赤外線の輻射熱を利用するため、100〜150平方メートルを暖められる。ゆらめく炎が心を落ち着ける効果もあるという。里山の保護活動に取り組んでいた村山さんは、そんな薪ストーブの魅力を知り、「薪遊庭」を始めていた。だが、生産コストが高く、1キロ約50円の価格では採算が取れずに行き詰まっていた。山口さんの呼びかけで、2009年に、ボランティアや障がい者が参加してコストの調査を行う「薪プロジェクト」が実施された。

◇障がい者の力で持続可能に

薪ストーブの前で談笑する「薪遊庭」の村山英志代表と「東近江圏域障がい者就業・生活支援センター」の野々村光子さん。

 プロジェクトには、自治会や林業者、専門家、福祉施設、ボランティアが参加。市内でモデル地区を選定し、林業者の指導を受け、ボランティアや障がい者が里山で薪の原木を伐採、運搬し、薪割り、販売までが行われた。調査の結果、原木の伐採、運搬は、専門業者がチェンソーなどの機器を使って、集中的に実施する方が効率が良かった。だが、薪割りや薪の結束、運搬などは障がい者が行った方がコストが安く、作業効率も遜色がなかった。山口さんは「プロにお願いすべきところは、お願いして、障がい者の方が参加することでコストも抑えられ、持続可能な形ができた」と語る。

 その後、年間100トンの薪を生産し、主に県内の薪ストーブ所有者に販売している。2011年の東日本大震災で、自らの手で調達できるバイオマスが注目され、薪ストーブも少しずつ普及している。村山さんは「コナラなどの広葉樹の方がゆっくり燃えるので、ストーブにはいい。それまでは広葉樹は産業廃棄物扱いだったが、いまでは原木の調達が難しくなるほど」といい、自ら針葉樹でも燃焼効率がいい薪ストーブを開発して、販売するなど取り組みは進んでいる。

◇薪割りは「失敗がない」

 だが、成果はそれだけではなかった。薪遊庭では、約20人の障がい者が、本格的に就職する前に経験する「中間就労」としての薪割りの作業から“卒業”し、その後企業などに就職したが、全員定着に成功したという。障がい者の就業、生活支援に取り組む野々村光子さんは「形が不ぞろいでも商品にできる薪割りは、“失敗がない”仕事なので、引きこもりなど社会で失敗したり、傷ついた人も自信を持つことができる。工場などで部品を作っても、それがどう生かされていくのか分からない“作業”なんですが、薪割りは木を切ってきて、薪にして、お客さんが買いに来るのが見える“仕事”なんです。20年ぐらい引きこもっていて、もう“目が死んどった”人が薪割りをして、給料をもらえて、みんなから『ありがとう』って言ってもらえて、目が生き生きとしてきたんです」と話す。

薪を割り、一輪車で運ぶ「あいとうふくしモール『薪工房・木りん』」の人たち。「みんなから頼りにされるから頑張る」と、自信に満ちた表情を見せた。

◇食、ケア、エネルギーの連携拠点が誕生

薪ストーブに薪を入れるあいとうふくしモール運営委員会の野村正次副代表。「『食』と『ケア』と『エネルギー』という暮らしの根幹を支える拠点にしたい」と語る。

 2013年4月、同市小倉町に高齢者や障がい者の働く施設「あいとう和楽」と、デイサービスセンターなど高齢者の生活支援施設「結の家」、地元食材を活用した郷土料理の提供や福祉施設への食事提供、配食サービスを行う福祉支援型レストラン「野菜花」が並ぶ「あいとうふくしモール」がオープンした。「あいとう和楽」内に、薪の生産・販売を行う「薪工房・木りん」が誕生。知的障がい者や高齢者ら6人が薪割りを行っている。1月末の午後、工房前では、小型の薪割り機を使った作業が行われていた。職員のサポートを受けた3人が薪を割り、台車に乗せて運ぶ。冬空の下、作業していた男性は「おひさまの下で気持ちいい。薪を買いに来てくれる人がおるから、やりがいがある」と自信に満ちた笑顔を見せる。

 「あいとう和楽」の川副きよ子所長は「地域にはまだ薪のお風呂を使っている人もいて、外で薪割りをしていると、自然と人が集まってくる。原木も地域の企業の方が、『たくさん切ったから持って行って』と声がかかったり、薪によってきずなが結ばれ、地域力が高まってくる」と話す。モールでは、太陽光発電によるエネルギー自給にも取り組んでおり、元緑の分権改革課長で、同モールの運営委員会の野村正次副代表は「モールは、『食』と『ケア』と『エネルギー』という暮らしの根幹部分が連携した安心の拠点を目指している」と同モールの役割を説明する。

◇「地域が手を出しやすい」プロジェクト

東近江市まちづくり協働課の山口美知子さん。薪プロジェクトで“緑のイノベーション”を起こそうとしている。

 現在の課題の一つが、持ち主が死亡したり、地権者がいても自分の所有する山林がどこにある分からない里山があることだという。山口さんは、農林行政と連携して、地域の自治会の許可を得れば、補助金を活用して、獣害対策の森林整備ができるような取り組みを進めている。さらに、薪の需要を増やすために、従来の薪ストーブの補助だけでなく、ハウス栽培用の薪ボイラーの普及も広げたいという。

 山口さんは「林業自体が八方ふさがりで、わらをもつかむような状況で、地域の方の手を借りることを考えた。大きな施設が必要なわけでもなく、地域が手を出しやすいものになっていて、田舎だからこそできる取り組みだと思う。田舎で安心、安全な暮らしをして、食もエネルギーも自然と地元のものを使う。それが結果的に低炭素な暮らしになるんです」と語る。地域ぐるみで地域の課題に取り組み、生活を豊かにする。近江のまちから生まれた「緑のイノベーション」に今後も注目だ。

文=猪狩淳一
写真=中山和弘